カテゴリー:歴史

愛宕神社の裏手にあった
あたご歴史資料館は2020年3月で
閉館してしまい、現在は住吉町2丁目公民館に。

 

館内には、前橋空襲や戦時下の
暮らしを伝える資料が展示されていました。

 

3回くらい来たかな。

 

外には再現された防空壕。

 

中に入れせてもらった事がありますが
穴が掘ってあるわけではなくて平面でした。

 

さすがにそこまでは再現できないか。

 

閉館してしまったことは残念ですが
こちらにあった資料は、前橋市民文化会館で
23年度中に常設展示が始まるようです。

 

前橋育英高校付近を歩いてます。

この辺来るのは初めてかもしれない。

 

高校生の頃は
恐ろしくて来られなかった(^-^;

 

昔の育英はねぇ。

 

そして前橋長瀞線に出たのですが

 

そこにはお地蔵様。

 

あ~、ここに出たのか。

 

このお地蔵様の存在は知ってます。

 

父親が済生会病院に入院していたころ
毎日お見舞いに行くため、この道を
通っていたので。

 

お地蔵様についての解説

 

ここは前橋市の上新田町。
北の入り口になるようです。

 

通りすがりに見るだけだったお地蔵様。
子供たちの健康を願うお地蔵様だったんですね。

 

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前橋市の高級マンションの片隅にある
萩原朔太郎生家跡。

 

萩原朔太郎は1886年(明治19年)11月1日
「萩原病院」の長男としてこの地に生まれました。

 

病棟部分は昭和35年に撤去されましたが、
母屋をはじめ主要建物は昭和43年12月まで
この場所に存在していたそうです。

 

「土蔵」「離れ座敷」「書斎」は、
前橋文学館の向かいにある
萩原朔太郎記念館内に移築されています。

 

そしてその跡地にある紫陽花。

 

花が色づいて、見頃を迎えています。

 

高崎市の日高遺跡公園

 

自転車では何度か来たことはありますが
歩いてくるのは今回が初めて。

 

駐車場もあるし
このような駐輪場もあります。

サイクルラックは無いです。

 

日高遺跡は、群馬県高崎市日高町と
中尾町にまたがる弥生時代後期の集落遺跡。

昭和五十二年
関越自動車道建設時に住居址、
水田址、周溝墓などが発見され

国の史跡に指定されるほどの
貴重な遺跡です。

 

広々した「多目的エリア」ですが
この時は芝生養生のため
中へは入れず・・・。

 

自転車は乗り入れ禁止。

 

弥生時代の水田を復元し稲作体験の場として
活用できる「水田エリア」は、この後
おそらく田植えが行われるらしい。

 

この辺を散策するのも楽しい。

 

JR上越線沿いのあるので
電車もよく見えます。

 

多目的トイレもあるし
サイクリングの途中の休憩所
としても重宝しそうです。

 

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