カテゴリー:歴史
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高崎市上滝町の高歴史民俗資料館は
かつて群南村役場庁舎として使われていました。

 

この建物が建設された昭和33年頃は
庁舎や学校が鉄筋コンクリートで
建てられるようになった時代だそうで

そのような時期に、木造の大型建造物が
建設されるのは珍しいのだとか。

 

その歴史的にも希少価値の高い建造物が
今年8月に国登録有形文化財に登録されました。

 

それを記念した企画展が
歴史民俗資料館で開催中です。

 

こちらが会場。

 

旧群南村役場庁舎の棟札や設計図
群南村全図などが展示されています。

 

電話室もありまして

 

そこには、デルビル磁石式壁掛電話機

明治29年から昭和49年頃まで使われていた
初めての磁石式電話機だそうです。

 

なかなか興味深い企画展でした。

 

会期は11月1日(日)までで
開館時間は午前9時~午後4時

休館日は月曜日

入館料無料です。

 

発掘情報館。

 

こちらで「ぐんま古墳カード」を配布しているのですが
その前に手指の消毒と「健康状態申告書」の記入。

お出かけ前の検温をお勧めします。

 

そして、南下E号古墳の古墳カードを
いただいてきました。

ぐんまオリジナルデザイン

 

これでぐんま古墳カードは3枚目、

でも、もうこれまでかな。

 

ちなみに資料展示室では
現在、金井東裏遺跡に関するものを展示中。

 

ぐんま古墳カードサイクリング、
続いて向かうのは吉岡町にある南下E号古墳。

 

県道15号、吉岡バイパスを走りまして

 

中島交差点を左折

 

関越自動車道の下を通って

 

しばらく進むと、右前方に
老人福祉センターの看板があるので
その道を入ります。

 

するとその先にも看板がありまして
その下に南下古墳群への案内標識もあるので
そこを左折します。

 

その先の交差点を左折すると

 

右手に広い駐車場。

 

南下E号古墳は道路を挟んだ向かい側。

 

草ボーボーなので、最初わからなかったです。

 

南下E号古墳ってこういう感じなのかぁ。

こんなこと言ったら失礼かもしれませんが
古墳に見えない。

 

石室の中は立ち入り禁止。

入れたとしても、入る気がしない・・・。

 

南下E号古墳の解説がありましたので

 

読みやすいように?書き起こしてみました。

南下E号古墳

 本古墳の所在する丘陵は、13,000年程前に
相馬山が山体崩壊を起こした際の流山(陣場岩屑流)
と考えられている。

この丘陵上を中心に付近一帯には
かつて40基を越える古墳が存在し、
7世紀代を中心とする一大古墳群を形成していた。

現在その数は10基程にまで激減しているが、
本古墳から半径約100mの内に7基の古墳が群集し、
当時の面影を僅かながらも残している。

 本古墳は先の丘陵東南斜面に構築された
山寄せ形式のものである。

墳形及び規模は、現状で東西約17m、南北約9m、
高さ2mの円墳もしくは方墳と考えられている。

墳丘における葺石(ふきいし)の有無は不明だが、
埴輪片は一片たりとも確認されていない。

 石室は、截石切組積(きりいしきりくみづみ )の両袖型石室で、
南西に向かって開口している。

玄室はほぼ完全であるが、羨道部分は天井石を失い
側壁も上部を欠いた状態で、大半は土砂で埋没している。

石室構造から見て、古墳南面には前庭が存在する可能性が高い。

現状での石室規模は、玄室長2.76m、同奥壁幅2.13m、
高さは奥壁部分で1.71mである。

 石室石材は壁体に二ツ岳噴出の角閃石安山岩を使用し、
天井石には硬質の安山岩自然石を用いている。

側壁は長方形に加工した石材を四乃至五段に、
奥壁は三乃至四段に積み上げ、その大部分に
切組の手法を用いている。

壁面には10度前後内傾する、所謂転びが見られる。

玄室と羨道の境には加工石材を二段積みにした
精巧な玄門を有している。

 本古墳で特筆すべきことは
玄室に壁面に残った朱線の存在である。

これは、截石切組の工法と関連した作業線と考えられるもので、
本古墳のほか南下A号古墳、富士見村上庄司原4号古墳
でのみ確認された極めて例の少ないものである。

 古墳の年代は、石室の企画や構造
或いは石材に加工法等から見て、
7世紀末葉の構造で、南下A号古墳より
若干新しい時期のものと考えられる。

平成八年三月三十一日

吉岡町教育委員会

 

かつてこの場所は、一大古墳群だったのかぁ。

 

ちょっと散策してみます。

 

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ぐんま古墳カードを手に入れるために
続いて訪れたのは宝塔山古墳。

前橋市総社町1606

 

この近くは何度も通ったことはありますが
中に入るのは小学生以来かなぁ。

 

この石段からも行けそうですが
石室の入り口は反対側。

 

こちらの石段ですね。

 

石室があるところへ。

 

石室入口の近くには、石に掘られた解説。

史跡 宝塔山古墳

 一辺の長さ約55m、
墳丘高11mの規模を誇る方墳である。

この規模は方墳としては全国的にみても大きい。

 主体部は墳丘基壇上に造られた
横穴式石室で、羨道、前室、玄室の
三室にわかれている。

石室の壁は精巧に加工した切石を使用して積み上げ、
随所に切組積の手法もみられる。

特に天井石及び玄室入口の玄門の加工はみごとである。

 石室の規模は、全長12.4m、玄室長3.3m、
同奥幅3.02mである。

玄室には家形石棺がある。

その底部には四変ともに格狭間の形にくりぬかれ、
古墳への仏教文化の影響を物語っている。

この古墳は県内古墳の最終末期に造られたもので、
七世紀末から八世紀初頭の頃に位置付けられよう。

 

失礼して石室を

 

さて宝塔山古墳を後にし、古墳または古墳と分かるものと
自分が一緒に入るように自撮りした画像をもって

宝塔山古墳のすぐ近くにある
前橋市総社歴史資料館へ。

 

こちらで宝塔山古墳と前橋天神山古墳の
古墳カードを配布しているのですが
宝塔山古墳は近いけど
前橋天神山古墳かだとちょっと距離があります。

 

その近くの上川淵公民館で
配布してくれればいいのに・・・。

 

そんなことを思いつつ
総社歴史資料館の受付で画像を見せて
古墳カードをいただくことに。

 

カードデザインは各古墳
「もず・ふるカード仕様」と「ぐんまオリジナルデザイン」
の2種類ありまして、どちらか好きな方を1枚選べます。

 

宝塔山古墳は、もず・ふるカード仕様で
前橋天神山古墳は、ぐんまオリジナルデザインにしました。

 

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