カテゴリー:歴史

前橋市と高崎市が連携して
毎年この時期に開催している
「前橋・高崎連携文化財展」

 

以前は、前橋会場は元気21だったのですが
数年前から前橋市大手町の臨江閣に。

 

場所は別館 1階西洋間で
元気21の頃に比べると
規模は小さくなった感じ。

 

今年のテーマは
「防ぎ・護り・祓う」

 

自然災害や疫病、外敵から
命や財産を守るため何をしたのか、

危険から逃れるための禁忌行為、
儀式はどのようなものだったのかなど、

当時の人々の心の内を
出土遺物を展示し紹介しています。

 

開催期間は2月5日(日)まで。

 

前橋市住吉町1丁目交差点の
北西角にあるのは、前橋製糸場跡の石碑。

 

昔はここに「前橋製糸所」という
製糸機械工場があったんですね。

 

その石碑の側面には、
碑文が刻まれています。

 

群馬の地は、古くから養蚕、製糸の業が盛ん
であったが、前橋はその中心をなしていた。

偶々安政六年(一八五九)横浜開港とともに
生糸貿易が開始されるや、当時の前橋藩は、

特に製糸の改良発展に意を用い、速水堅曹が専ら
事に当たって、早くも明治三年、スイス人技師ミューラー
を神戸から招き、市内を貫流する広瀬川の水を

水車による動力源としてこの細ヶ沢町に製紙機械を
備え、藩立の前橋製糸所を設立した。

実にわが国最初の洋式機械製糸城である。

その後前橋は、製糸の業いよいよ隆昌を極め
生糸の町としてよくその名を海外にまでうたわれ、
隆々発展して今日の県都を築くに至ったものである。

よってその旧地に記念塔を立て、
永く伝えようとするものである。

 

読みにくかったので
間違っている箇所があったらすいません。

 

富岡製糸場より
2年6月前に設立されたのだから

上毛かるたの「に」は
「日本で最初の富岡製糸」じゃなくて
「日本で最初の前橋製糸」でいいんじゃない?

 

それにしても昔の前橋市は、
なっから栄えてたんかね。

 

総社秋元公歴史まつりが行われた日、
その会場近くにある光巌寺・特別公開。

 

落ち着いた雰囲気の境内

 

秋元家御廟所がある場所に

 

力田遺愛碑

小学校の社会科で習った記憶があるのですが
本物を見たのは、数年前の特別公開の時。

 

この日は秋元家御廟所の中に入ることができ
歴代藩主の位牌が安置されています。

 

そして、天井には「八方睨みの龍」の天井画。

 

迫力ある龍の絵が
天井いっぱいに描かれています。

 

「八方睨みの龍」は
日光東照宮の「鳴龍」のもとになったらしい。

 

総社秋元公歴史まつり開催場所の
総社公民館に。

 

この祭りは隔年開催で
本当は昨年開催だったのが
新型コロナウイルスのせいで
今年に延期になったと思います。

 

もそもこの祭りは
関ヶ原の戦いの翌年から江戸時代初期まで
上野総社藩を治めていた秋元氏を称えて、
平成2年から始まったもの。

 

鎧兜で身を固めた約80名の住民による
出陣式と武者行列が見ものです。

 

会場には沢山の人。

例年と変わらないな。

 

秋元公歴史まつり
マスコットキャラクターAKIMOTOくん!

 

お目当ては武者行列だったのですが
あまり人がいないところで。

 

コロナウイルスが気になって
あまり人混みの中へ行くことが出来ず
今一つ楽しめなかった・・・。