前橋市千代田町の中央通りに、
交換された新しいマンホールの蓋。

太平洋戦争末期の前橋空襲で
米軍が焼夷弾投下の際、
爆撃照準点だったことを示す
デザインになっています。

前橋空襲は1945年8月5日夜から翌未明にかけて行われ
535人の死者と600人の負傷者を出したそうです。
近くには解説も掲示。

前橋市三河町の旧大竹酒造レンガ蔵では
今日まで、前橋空襲69周年企画展が開催されています。

中には、前橋空襲の写真パネルや軍服など
戦争に関する資料などが展示されていました。



今の前橋の街を見ていても
が69年前に空襲で焼け野原になったなんて
信じられないです。
でも、まだ小学生のころ、
利根川のところに防空壕があったなぁ。
そして、
たまたまかもしれないのですが
会場には子供の姿が無かったんですよね。
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