この記事の最終更新日は 2022年11月20日 です。現在は状況が異なる場合がありますので予めご了承ください

前橋市住吉町1丁目交差点の
北西角にあるのは、前橋製糸場跡の石碑。

 

昔はここに「前橋製糸所」という
製糸機械工場があったんですね。

 

その石碑の側面には、
碑文が刻まれています。

 

群馬の地は、古くから養蚕、製糸の業が盛ん
であったが、前橋はその中心をなしていた。

偶々安政六年(一八五九)横浜開港とともに
生糸貿易が開始されるや、当時の前橋藩は、

特に製糸の改良発展に意を用い、速水堅曹が専ら
事に当たって、早くも明治三年、スイス人技師ミューラー
を神戸から招き、市内を貫流する広瀬川の水を

水車による動力源としてこの細ヶ沢町に製紙機械を
備え、藩立の前橋製糸所を設立した。

実にわが国最初の洋式機械製糸城である。

その後前橋は、製糸の業いよいよ隆昌を極め
生糸の町としてよくその名を海外にまでうたわれ、
隆々発展して今日の県都を築くに至ったものである。

よってその旧地に記念塔を立て、
永く伝えようとするものである。

 

読みにくかったので
間違っている箇所があったらすいません。

 

富岡製糸場より
2年6月前に設立されたのだから

上毛かるたの「に」は
「日本で最初の富岡製糸」じゃなくて
「日本で最初の前橋製糸」でいいんじゃない?

 

それにしても昔の前橋市は、
なっから栄えてたんかね。